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There is nothing to writing. All you do is to sit down at typewriter, and bleed. - Ernest Hemingway

仮説形成と隠れた前提ー論理トレーニング76頁を考える

1. この問題が解けますか?

次の論証が仮説形成であるとして、その暗黙の前提を下の①、②から選べ。
「下腹の右側が痛い。だから、虫垂炎かもしれない。」

虫垂炎になるとたいてい下腹の右側が痛くなる。
②下腹の右側が痛くなるのはたいてい虫垂炎である。

新版論理トレーニング76頁に掲載されてる問題。

これ、普通に会話してて 「下腹の右側が痛いんだよー。きっと虫垂炎だよ。早く病院連れてってー」って泣きつかれたら 「おおげさだなー。ただのストレスじゃないん。太田胃散飲め!」 ( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン とか、やっちゃいそうなシチュエーション(笑)。
っていう冗談はさておき、

なんで( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーンってやりたくなるかって、

・下腹の右側が痛いことが、虫垂炎と結びつく確率が低い。
・下腹の右側の痛みに結びつく確率の高い原因が、虫垂炎以外にあるだろう。

って考えてるからだよね。

下腹の右側が痛くなるからといって、かなりの確率で虫垂炎ってへん。 なぜなら、下腹の右側なんて結構しょっちゅう痛くなるんだし、いろんな原因が考えられる。 なんで、そこであえて虫垂炎?ってつっこみを入れたくなるから(いや、もちろん状況によるけど)。

ふーむ。この感覚に至るまでをきちんと言葉にするとどうなるだろう。

2. 回答までのプロセス

まず、「太田胃散飲め」のくだりを必要条件と十分条件の関係を借用して書き換えると、

  • 下腹右の痛みが虫垂炎十分条件と考えている(下腹右の痛み→虫垂炎)ことに対して、
  • いやいや、虫垂炎じゃないからといって下腹右の痛みがないとはいえないでしょ(対偶)、
  • 虫垂炎以外の他の原因で下腹右が痛いこともあるでしょ、

と反論しているということだよね。


とすると、冒頭の問いは「下腹右の痛みを虫垂炎十分条件と考えているのは、①と②のどちらか」に書き換えられる。

ここで、確率の問題を除外して考えてみると、
虫垂炎になるとたいてい下腹の右側が痛くなる、というのは、
虫垂炎以外の理由による下腹の痛みを除外できていない点で、 下腹の痛みが虫垂炎を包含している関係になる。 つまり、下腹の痛みが虫垂炎であるための必要最低限の外枠を画しているということ。 よって 「虫垂炎になる→下腹の右側が痛くなる」と書き換えられる。 つまり、構造としては、下腹の右側が痛くなることが虫垂炎の必要条件であることになる。

これに対して、
②下腹の右側が痛くなるのはたいてい虫垂炎、というのは、
下腹の痛みの原因となりうるものの外枠が、虫垂炎で画されている。 よって「下腹の右側が痛くなる→虫垂炎になる」と書き換えられる。 つまり、構造としては、下腹の右側が痛くなることが、虫垂炎であることの十分条件となる。

ふむ。
なので、仮説の根拠たりうる暗黙の前提は、十分条件である②となる。

ただし、この暗黙の前提が全然説得力がないのは最初に書いたとおり。 だから、この暗黙の前提に対して冒頭のような反論ができる、ということになる。

3. ところが解答は①

で、なーーーーーんで答えが①なのよ!!!! 全然わからん。

いやね、必要条件・十分条件というのは、全称文(all)である条件文の構造ですから、確率を含む仮説形成のような推論に対しては、本来は使えないのだろうとは思う。

しかしですね、3つの推論形式、つまり演繹、帰納アブダクションは、いずれも三段論法を前提にしている。 つまり、

①大前提 フランス人はワインが好きだ。
②小前提 ミシェルはフランス人だ。
③結論  ミシェルはワインが好きだ。

を例に挙げると、

①+②から、③を帰結するのが、演繹、
③+②から、①を帰結するのが、帰納
③+①から、②を帰結するのが、アブダクション

なのであるから、確率の問題があるにせよ、結局全ての推論の構造(論理の構造)は三段論法に置き換えられるはずだと思う。 そして、三段論法に引き直せるということは、①②③のいずれも形式的には全称命題になる。だから、①②③の各命題は、必要条件・十分条件で分析できるはずだよ?

本問の問いは、


②私は、下腹の右側が痛い。
③私は、虫垂炎かもしれない。

の三段論法の①に入る隠れた前提を選べ、という問題に書き換えられるのだから、 ①に入るのは「下腹の右側が痛い→(たいてい)虫垂炎」となるのではないの? だからやっぱり②が答えになるんだけど?

どこが違うんだ?

4. 本書76-77頁の解説を引用してみると

いま、「下腹の右側が痛い」ということが証拠として示され、それに対して「虫垂炎だ」という仮説が立てられている。
ここで暗黙の前提として取り出すべきは、「虫垂炎だ」ということとあわさって「下腹の右側が痛い」ということを説明してくれるような主張である。
つまり、虫垂炎だ+暗黙の前提x→下腹の右側が痛い」となるような「x」を求めねばならない。
仮説形成における前提の役割は、仮説とあわさって証拠となることがらを説明する論証をつくることにある。

「下腹の右側が痛い」という証拠に基づいて導き出した「虫垂炎である」という仮説が説得力を持つためには、下腹の右側が痛いことを表す円が、虫垂炎であることを表す円にすっぽり包含できればいいんだよねー…。
とすると、やっぱり「下腹の右側が痛い」という証拠が「虫垂炎」を導く十分条件であることを根拠づけるものを前提にすべきではないんだろうか。

( ・᷄ὢ・᷅ )